仙台高等裁判所秋田支部 昭和58年(行コ)1号 判決 1985年4月10日
控訴人
近藤博
右訴訟代理人
豊口祐一
被控訴人
田中敏秋
右訴訟代理人
伊藤彦造
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、本案前の申立として、「原判決を取消す。被控訴人の訴を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、本案の申立として、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張は左記のほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
控訴人は、本案前の申立の理由として、別紙一記載のとおり主張し、本案の主張として別紙第二記載のとおり主張した。
証拠関係<省略>
理由
一控訴人の本案前の申立について
1 地方自治法(以下、法という。)二四三条の二第一項後段によると、支出負担行為や法二三二条の四の命令・確認をする権限を有する職員等が、故意又は重大な過失により法令の規定に違反して当該行為をしたこと又は怠つたことにより普通地方公共団体に損害を与えたときは、これによつて生じた損害を賠償しなければならない、と規定されている。右の支出負担行為とは法二三二条の三の規定する普通地方公共団体の支出の原因となるべき契約その他の行為を指し、長及びその権限を委任された職員等がこれらの行為をする。また、法二三二条の四の命令とは出納長・収入役に支出をさせるための長の命令であり、長の委任を受けた職員もこれをなしうる。したがつて、法二四三条の二第一項後段の規定における職員には、同項一号、二号の文言から考えれば、長も含まれるように思われる。
しかし、たとえば、法二四二条、二四二条の二には、「長その他の執行機関又は(若しくは)職員」という文言があり、これによれば、法は長と職員とを別個の用語としており、職員には長が含まれないように解される。
したがつて、職員という用語が長を含むものか否かは当該規定の趣旨を解釈して決するほかはないと思われる。
2 法二四三条の二第三項以下に職員の賠償責任に関する手続的規定があり、これによれば賠償責任の実現は次の三段階より成り立つている。
(一) 長は、第一項の職員が同項に規定する行為によつて当該普通公共団体に損害を与えたと認めるときは、監査委員に対し、その事実の監査並びに、賠償責任の有無及び賠償額の決定を求める。
(二) 監査委員は右の監査及び決定をする。
(三) 長は右決定に基づき職員に対し賠償を命ずる。
まず、第一段階において、長に対しその判断に基づく権限の発動が要求される。この場合、職員に長が含まれるという解釈に立つて、長自身の行為が問題とされているときを考えると、長が自己の非を認め反省しているならば、自発的に損害を賠償することもあろうし、又は監査委員の監査を経て自己に対し賠償命令を発することもあろう。それは正に法理上は可能である。しかし、客観的には長が普通地方公共団体に損害を与えているのに、主観的に長がこれを認めない場合が問題となる。このような場合、長は第一段階における権限の発動をしないであろうから、長の長(個人)に対する賠償命令が発せられる可能性はなく、結局、法二四三条の二の規定は活用できないこととなる。そして、長が自発的に自己の非を認めることなど殆ど期待できないのが現実である。なぜなら、もし長が当該公金の支出が違法であると認めたなら、その支出を命じなかつたであろうし、その支出を命じたからには、その支出は違法でないと認めたからにちがいないからである。
3 かくして、法二四三条の二第一項後段の規定における職員に長が含まれるとの解釈を前提として、長の違法な公金の支出の場合における賠償責任の実現は専ら法二四三条の二の規定に従つてなされるべきで、法二四二条の二第一項第四号の規定による住民の代位による損害賠償請求はできないとの見解を採るときは、客観的に損害が発生しているのに長がこれを認めない場合において、法二四三条の二第三項の規定による長の長に対する賠償命令は発せられないから、同条の規定による長の賠償責任は具体的に発生しないこととなり、長の違法な公金支出は是正される道が閉ざされることとなる。
4 以上の検討の結果、法二四三条の二第一項後段の規定における職員は、長を含まず、長から権限を委任されて支出負担行為や支出命令を行う者を指すものと解するのが相当である。このように解することにより、長の違法な公金の支出の場合は、法二四三条の二の規定の適用はなく、法二四二条の二の規定が適用されることとなり、住民の代位による損害賠償請求が是認されることとなる。
よつて、本訴は適法であり、控訴人の本案前の主張は採用できない。
二本訴提起の前提としての被控訴人の監査請求が適法であることについて、原判決五枚目表五行目から六枚目表九行目までを引用する。
三本案の判断
原判決事実摘示請求原因1、2、4の各事実及び同3のうち町長交際費から支出された金員がスナックにおける知人との飲食代金の支払にあてられたことは当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、次の事実が認められる。
控訴人と副検事大塚清とは旧制能代中学校の同窓生であるが、控訴人の方が四年先輩であつた。昭和二二、二三年頃両名とも秋田県庁の職員であつて、能代から汽車で一しよに通勤していた。両名は右の程度の友人関係にあつた。
昭和五〇年四月、控訴人は琴丘町長に当選したが、昭和五四年四月再選された。同年同月、大塚清は能代区検察庁へ転勤した。同月下旬、控訴人は再選の挨拶廻りで能代市へ行つた際、能代区検察庁へも挨拶に行き、そこで大塚清に会い、挨拶をした。
昭和五四年中(月日不明)、控訴人は大塚清に対し防犯問題について講演をしてくれるよう口頭で依頼した。のち控訴人は秋田地方検察庁能代支部(又は能代区検察庁)に対し文書で同旨の依頼をしたが、検察庁はこれを断つた。
昭和五四年六月一三日、能代市内の料亭人望舎で、能代区検察庁の副検事大塚清、児玉事務課長、服部事務官及び控訴人の四名は、午後五時頃から二時間位の間、防犯、交通安全、青少年問題等について懇談会を開き、かつ飲食した。この時の費用約三万円は検察庁の方で支払つたが、控訴人は町長交際費から支払うことを考え、同月二五日能代区検察庁へ行つて児玉事務課長に所持金から三万円を渡した。しかし、検察庁から控訴人の方へ領収書が送られてこないため、未だ町長交際費からの支出はしていない。
右人望舎での懇談会のあと、右四名は二次会として「五條」という店へ行つて飲食した。この時の費用一万二五七五円は同年八月頃町長交際費から支出された。
右五條での二次会のあと、控訴人は大塚清を誘つてタクシーで森岳温泉へ行き、同所のスナック「珊瑚」に入つて飲食した。約三〇分で同店を出て、二人は別れた。右珊瑚における費用一万二六五〇円は同年八月一〇日町長交際費から支出された(この点は当事者間に争いがない。)。右珊瑚においては、控訴人と大塚清との間に前記講演の件その他公的な話はなく、私的に飲食し、雑談しただけであつた。
右のように認められる。<反証排斥略>
交際費は、普通地方公共団体の長その他の執行機関が、職務上必要となる対外的活動について、外部との交際上要する経費であり、交際費の予算科目から支出されるものであつて、職務執行との関連性を欠くような交際に要した経費の支払に充てるためこれを支出することは許されないと解される。これを本件についてみると、前記認定のように、珊瑚での飲食は、控訴人の町長としての職務執行とは全く関係なく、大塚清との私的付合いにほかならないことは明らかである。したがつて、右珊瑚での飲食費用を町長交際費から支出することは許されず、控訴人の本件交際費の支出は違法な公金の支出にあたる。控訴人は町長として公金を私用に支出してはならないことを知りながら、又は当然知るべき地位にありながら、敢えて違法な支出をしたものである。そうすると、控訴人は右違法な公金支出により琴丘町に対し本件交際費一万二六五〇円相当の損害を与えたことになる。
控訴人は珊瑚での飲食は公務たる懇談会の延長上にあり町長の職務と関連する旨主張するが、右懇談会の費用はともかく、二次会、三次会は町長の職務と関連性はないから、その費用は個人が負担すべきであり、公金を支出することは許されない。
四よつて、原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(石川良雄 武藤冬士己 武田多喜子)
別紙第一
本案前の申立の理由
一、被控訴人の本訴請求は、控訴人が琴丘町長として支出した本件交際費が違法な公金の支出であるとして、地方自治法第二四二条の二第一項第四号の規定により、琴丘町に代位して、控訴人に対し琴丘町が被つた損害の賠償の請求をするというものである。
二、ところで、同法第二四三条の二は、普通地方公共団体の職員のうち出納職員及び予算執行職員等の一定の職員のした一定の行為による普通地方公共団体に対する賠償責任に関して特則を規定している。右特則を設けている同条の規定の趣旨とするところは、同条第一項所定の職員の職務又は同項に掲げる各行為の特殊性に鑑みて、同項所定の行為によるこれらの職員の賠償責任については、これを私法上の債務不履行責任又は不法行為による損害賠償責任とは別の公法上の特殊責任とし、その要件も原則として故意又は重大な過失がある場合に限定し、また、賠償責任について三年の除斥期間を設けるとともに、一定の場合には議会の同意のもとに賠償責任を免除することもできるものとして、責任が苛酷とならないよう職務の特殊性に相応した責任を負わせるように配慮し、これらの職員が畏縮し消極的となることなく、積極的に職務に専念することができるようにするとともに、賠償責任がある場合においても、当該普通地方公共団体の長が監査の結果に基づいて賠償命令を発すべきものとして、違法な会計事務等の是正を当該普通地方公共団体の実情に即して簡易迅速な内部的手段により実現しようとすることにあると考えられる。
したがつて、地方自治法第二四三条の二第一項の規定が適用されるべき場合である以上、賠償責任に関する民法の規定は適用を排除され、また賠償責任の存否、範囲も右賠償命令によつて初めて確定されて具体的な義務となるに至り、その責任の実現も専ら自己完結的な同条所定の手続によつてのみ図られるべきものであつて、民事訴訟によることは許されないものと解するのが相当である。
そして、同条の第一項第二号において地方自治法第二三二条の四第一項の命令を掲げているところからも、普通地方公共団体の長の賠償責任についても等しく適用されるべきであり、普通地方公共団体の長がその資格に基づいてその職にある私人たる自己にあてて賠償命令を発するということも法理上はもとより可能であり、実際的にも、賠償命令は、監査委員の監査の結果に基づいてなされるなど、その公正な運用が制度上担保されているのであるから、普通地方公共団体の長の職にある者自身が賠償責任を負うべき場合についても、以上に述べたところと別異にすべき理由はない。
したがつて、被控訴人の本訴請求が控訴人が琴丘町長として関係法令に違反して違法に本件交際費の支出にかかる支出負担行為又は支出命令をしたとして、控訴人の琴丘町に対する賠償義務の履行を代位請求するものであるとすれば、右賠償責任の存否もしくは範囲の決定又はその責任の実現は、専ら右にみた同法第二四三条の二所定の手続によつてなされるべきものであつて、これとは別に、住民が同法二四二条の二第一項第四号の規定に基づき琴丘町に代位して控訴人に対して琴丘町が被つた損害の賠償を求めることはできないものといわなければならず、本件訴は、不適法というほかない(判例時報第一〇九〇号 一〇九頁 東京高裁昭和五八年八月三〇日判決御参照)。
別紙第二
一、控訴人は、訴外大塚清とは旧制中学の同窓ではあるが、県庁職員時代に数回付合つたことはあるものの家族ぐるみで付合うなどの親しい関係にあつたものではない。特に控訴人が昭和五〇年琴丘町長になつてからは四年間の任期中二、三回会つたにすぎず、また昭和五四年町長再選後もその任期中数回会つているにすぎず、月に一度の割合で飲食をともにしたというようなことはなく、もちろん両者間でその名を呼びすてるような間柄ではない。
二、控訴人は琴丘町長再選後の昭和五四年四月頃、能代方面に当選の挨拶まわりをしたさい、秋田地方検察庁・能代区検察庁(以下単に検察庁という)に立寄り、訴外大塚に防犯問題等についての講演依頼の話をし、その後検察庁との間で防犯問題等を含め広く行政一般について懇談会をもちたいと考え、同年六月八日に検察庁に立寄り、右懇談会の開催について打合せをしたところ、同年六月一三日に検察庁の職員の行きつけの料理店である「人望舎」において右懇談会を行なうことになつた。
三、昭和五四年六月一三日五時頃、「人望舎」において琴丘町からは町長である控訴人、検察庁からは検察官である訴外大塚、服部主任、小玉課長が出席して防犯、交通安全、青少年非行の問題等行政全般についての意見交換を行なつた。そのさいの代金については検察庁の方であとできいて控訴人に知らせるということであつたが、その後連絡がないため控訴人は六月二五日能代出張のさい検察庁に立ち寄り、小玉課長から三万円くらいでないかといわれて、同人に右金員を渡し、領収書をもらつて送つてくれるように頼んだが、領収書の送付がなかつたので控訴人は町長交際費として支出できないままになつていた。
四、昭和五四年六月一三日前記懇談会が終つたあと、前記四名は二次会を能代市内の和風くらぶ「五條」で行ない、その後訴外大塚が森岳温泉へゆこうといつたので、控訴人は訴外大塚と二人でタクシーにのつて森岳温泉に向い、「珊瑚」で飲食したあと、控訴人は訴外大塚を森岳温泉の旅館「美晴荘」に送つてゆき、訴外大塚は当夜同所に宿泊している。
五、琴丘町ないし同町教育委員会は、前記経緯をふまえてその後検察庁に対し講演依頼を正式に文書で行なつたが、これについて検察庁の方から右依頼拒否の回答があり、その件はすぎていつたものである。
したがつて本件で問題になつている昭和五四年六月一三日「珊瑚」における飲食は琴丘町と検察庁との前記懇談会の延長上にあるものであつて、あくまで控訴人が町長の職務に関連しその一環として行なつたものであり、単なる私的な付合ではない。
六、そもそも交際費というのは地方公共団体の長やその他の執行機関が職務執行上必要となる活動について幅広くその自由裁量において認められているものであつて、本件においては特にその金額が一万二、六五〇円という少額であり、しかも飲食代ということであるからその細かい内容まで吟味されるべき性質のものではない。
本件監査請求において監査委員から控訴人が受けた質問においては、訴外大塚との間で刑事事件のもみ消しをしたのではないかという点に主眼がおかれていたわけであり、その事実は全くなかつたものであつて、その事実の疑いが晴れた以上本件交際費についてとかくの指摘を受ける理由はなかつたものである。